昨日あたりからマドリッドでは最高気温が18度くらいまで上がる日となり、春の兆しが見え始めています。毎年3~4月は寒暖を繰り返すので、これで本格的な春とはならないのでしょうが、やっぱりいい天気で気温が上がると、うきうきした気分になりますね。
今日の投稿は、そんな気分とは全く反対の悲しいニュースについてです。2月25日にメキシコでパコ・デ・ルシアが亡くなったという知らせが入りました。パコ・デ・ルシアは、フラメンコギターの第一人者として世界中で活躍していたので、日本でもファンの方が多いのではないでしょうか?メキシコの海岸にいたときに突然心臓発作に見舞われ、その後亡くなったそうで、66歳でまだまだ若かったし、あまりにも突然の死にスペインでは悲しみに包まれています。
パコ・デ・ルシアは、1947年にスペイン、アンダルシアのアルへシラスという街で生まれました。彼の父がギタリストだったということで、パコ・デ・ルシアは兄達と小さい頃からギターを父から習い、わずか15歳で兄と一緒に最初のレコードを出したと言います。彼が若かった頃はもっぱらフラメンコギターを弾いていました。中でも、カマロン・デ・ラ・イスラというスペイン一と言われたフラメンコ歌手との競演は、41歳という若さで肺がんのためになくなるまで続きました。
そのカマロン・デ・イスラとの競演をYou Tubeでご覧下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=VKtAhJPZS6o
素晴らしい歌声とギターですね。
その後、フラメンコだけではなくラテンアメリカ音楽も演奏し始め、この頃からヨーロッパ、アメリカ、日本などでも知られるようになりました。その頃の代表曲、「エントレ・ドス・アグアス」をお聞きください。
https://www.youtube.com/watch?v=0o8vszqVL2U&feature=kp
1990年代になると、クラシック音楽のホアキン・ロドリーゴ作曲の「アランフエス協奏曲」を演奏したり、またジャズとフラメンコ音楽のミックスしたフラメンコジャズのアルバムを作成したりしています。
もうパコ・デ・ルシアのギターは聴けなくなりましたが、彼の兄であるペペ・デ・ルシアの娘、つまりパコ・デ・ルシアの姪のマルーMalú は歌手として大活躍していますし、パコ・デ・ルシアの影響を受けたギタリスト達がこれからの音楽界を盛り上げていってくれるでしょう。